一觴一詠 酒を詠む

ワインエキスパートの悠です。
30歳で小さいワインのネットショップを起業、現在運営中です。
ブログにはワインに限定せず、日々飲んだ酒をアップしていきます。

ブログ名は【いっしょういちえい】と読みます。
一杯の酒を飲みながら、一つの詩を歌うことです。
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カテゴリ:日本酒 > 岩手

20180909_酔仙酒匠吟醸
酔仙 酒匠吟醸
(2018年5月瓶詰)


グラスではなく、お猪口で頂いた。
穏やかに吟醸香が立ち、口に含むと、豊かなコクとヌカのような米の旨味が広がる。
酔仙には、綺麗な味わいの印象を持っていたが、開けた時期もあり、どっしりとした親父酒のようであった。
精米歩合は50%だが、濃い味わい。
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特別純米生貯蔵酒 さんままつり 酔仙酒造 300ml(2017年8月)
【2017年10月9日】
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特別純米生貯蔵酒さんままつり_550
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■テイスティングコメント
外観は、明るいレモンイエロー。
穏やかにメロンのような果実香が香る。
口に含むと、アタックは水のように透明感のあるフレッシュな酸味。
その酸味に重なるように、苦味を伴うミネラル感を控えめに感じる。
甘ったるくはなく淡麗辛口で綺麗な後味。


儚く消えていく余韻に、美しさを感じます。
春に雪の中から顔を出したスノードロップのように可憐なイメージが浮かびます。

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■概要
産地:岩手/酔仙酒造
酒米:岩手県産米
アルコール:14度以上15度未満
精米歩合:60%
酵母:協会9号
日本酒度:+2.0
酸度:1.5
仕込み水:氷上山の伏流水


岩手県沿岸の最南端(旧気仙郡)に永い伝統を誇る8軒の造り酒屋があり、戦時中の「企業整備令」により8軒が1つにまとまり「気仙酒造」となった。
これが「酔仙酒造」の前身である。
地元の画家、佐藤華岳斎は気仙の酒をこよなく愛し「酔うて仙境に入るが如し」と讃え、その経緯から銘柄を「気仙」から「酔仙」へと改めた。
「良いお酒を造り、それを召し上がったお客様が良い気持ちになる。」というビジョンを目指し、そのための技術と心を人から人へ伝え続ける「美酒伝承」を絶やさぬよう今日も酒を醸している。


※生貯蔵とは
「生」のまま貯蔵し、瓶詰め時に1度だけ火入れをする。

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純米酒 月の輪 ぎんおとめ80 限定品 720ml(2016年10月)
【2017年4月23日】

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■テイスティングコメント
外観は微かにグリーンがかったイエロー。
バナナや、メロン、香ばしい栗の皮のような香りがある。
精米歩合の高さ故に、米の香りがストレートに香る。
口に含むと、芳醇で濃厚な米の旨味が広がる。
バナナをかじった時に感じるような優しい酸味とミネラル感から、まろやかな苦味へと繋がる。
包み込まれるような口当たり、丸みを帯びた癒し系の辛口で雑味は一切なし。
※私が飲んだものは半年熟成されておりますので、瓶詰め直後ですと印象は変わるでしょう。


どことなく女性の面影を感じ、原始的ながら洗練されている味わいから神秘的な印象を受けます。

 月の輪純米酒ぎんおとめimg2_550

■概要
産地:岩手/月の輪酒造店
酒米:ぎんおとめ100%
アルコール:15度
精米歩合:80%
酵母:協会701号、ゆうこの想い
仕込み水:蔵の井戸水


横沢家はもともとは麹屋の家系だったが、4代目が酒造りへの情熱に燃え、1886年に酒造業を開始する。
1991年より現蔵元(横沢家7代目)の横沢大造氏が当主と杜氏を兼ねていたが、2005年に法人化し、横沢裕子女史が杜氏となる。
「企業としてではなく 家業として」という理念を持ち、常に伝統の継承と技術の革新を目標に掲げているため、酒造りには不向きであるもち米を100%使用した純米酒の製造や、焼酎、米麹ジェラート製造(アイスクリームガーデン営業)にも取り組むなど新しい事に挑戦し続けている。


※「月の輪」の由来
昔、酒蔵の近くにある蜂神社に源頼義、義家父子が厨川の柵に安部貞任を攻略に来た際に軍団を宿営させ、兵士兵馬の飲料を得るために池を掘ったが、ある日の夜、偶然その池に源氏の旗に描かれた日月が映り黄金色に輝いたという。
これを見た将軍頼義は好機と捉え、攻め入り厨川を陥落させる。
後に、その吉兆の話を聞いた陸奥守鎮守府将軍藤原秀衡が、池を円形に修理しその中に太陽と三日月を模した島を造り、それは現在にも残されている。
これを「月の輪形」と呼び、現在まで伝えられており、紫波町の史跡にも指定されている。

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